倉本聰さん死去、91歳。5ちゃんねるには「お疲れ様でした」、富良野には249万人の記録が残っていた

倉本聰さん死去、91歳。5ちゃんねるには「お疲れ様でした」、富良野には249万人の記録が残っていた

9月28日の昼すぎ、5ちゃんねるのニュース速報+にスレが立ちました。タイトルは「【訃報】脚本家の倉本聰さん死去、91歳…『北の国から』『やすらぎの郷』」。夕方には書き込みが350をこえていました。

最初のほうは「ついに亡くなられてしまったか」「ラジオであーあー流れてきたわ」みたいな短い声です。9番目の書き込みがいちばん空気に近い気がしました。「これだけ生きると、周りも悲しみというよりお疲れ様でしたって感じだな」。

でも、読んでいて引っかかったのは日付です。亡くなったのは、きのうじゃありませんでした。

5ちゃんねる・ニュース速報+のスレッドに並んだ書き込み(投稿の文字をそのまま写したもの)
5ちゃんねる・ニュース速報+のスレッドに並んだ書き込み(投稿の文字をそのまま写したもの)

まず事実確認

発表したのは、倉本さんが理事長だった財団です。28日に公式サイトで出しました。亡くなったのは9月18日の夕方。北海道富良野市の自宅で、多臓器不全だったそうです。91歳でした。

発表まで10日あいたことになります。葬儀は家族の意向で、近親者だけで済ませたとのこと。お別れの会は11月3日に、富良野演劇工場で開く予定だと日テレNEWSが伝えています。

本名は山谷馨(やまや・かおる)さん。1935年に東京で生まれました。オリコンによると、東京大学文学部美学科を出て、1959年にニッポン放送に入社。「倉本聰」のペンネームで脚本を書き、1963年に退社して独立しています。

そして1977年、富良野に移り住みます。そこで生まれたのが「北の国から」でした。

5ちゃんねるの反応

スレの中身は、けっこう割れていました。「くしゃくしゃの一万円札に泣かされる」と名場面を挙げる人がいます。「誠意ってなにかね」と台詞で返す人もいる。

一方で「北の国からって全く見たことないんだけどやっぱり良いものなのか?ちなみに40代独身」という書き込みもありました。「何であんな辛気臭い滅入るドラマが流行ったの」という声もあります。

見た人と見てない人で、温度がはっきり違うみたいです。ただ、見てない人でも台詞やモノマネは知ってるんですよね。「まだ子供が食ってる途中でしょうが!」が形を変えて何度も出てきたのが、なんか象徴的でした。

「まだ頭の中には北の国からの続きの話があるって語ってたな」という書き込みもありました。これは本当らしくて、文春オンラインの追悼記事が「幻の続編計画」として倉本さん本人の話を載せています。

背景:ドラマで町の季節が変わった

シリーズは2002年の「2002遺言」で終わりました。時事通信によると、スタッフの高齢化が理由です。倉本さんは当時「一生書き続けようと思っていたし、書き尽くしてもいない」と話していたそうです。

数字で見ると、影響はかなり大きいです。富良野市の北猛俊市長が28日に出したコメントによると、2002年の市の観光入込客数は年間249万人。統計上いちばん多い年でした。

スキー中心の冬の観光から、夏の観光へ変わるきっかけになったといいます。ドラマひとつで町の季節が変わった、ということですよね。

倉本さんは1984年に、役者や脚本家を育てる私塾「富良野塾」を開いています。STVによると授業料は無料でした。卒業生は350人以上。2010年に閉じています。2000年には全国初の公設民営劇場「富良野演劇工場」もできました。

閉塾のときの言葉がSTVの映像に残っていました。「原石としての若者は素晴らしいと思います」。指導では「技術を心が超えているときは人を打てる」とも話していたそうです。

富良野の人たちの声

麓郷にあるラーメン店「富良野とみ川」の富川哲人さんは、STVの取材に答えています。倉本さんは年に2〜3回、店に来ていたそうです。

最後に会ったのは、ことし5月。麓郷の桜並木を清掃したとき、参加した人にラーメンをふるまった日でした。倉本さんは「本当にいつもありがとう」と頭を下げたといいます。

富川さんが覚えている言葉は「どんなに偉くなっても人間の根っこは変えてはいけない」。店では、倉本さんが好きだった石臼挽きの中華そばが1200円で出ています。

市内にいた観光客にも話を聞いていました。帯広から来た女性は「北海道弁がよくでてきて好きでした」。東京から来た人は「北海道に来ようかなと思わせてくれるような」と答えています。

2023年には、35年ぶりの映画脚本も書いていました。最後まで書く人だったんだと思います。

5ちゃんねるの「お疲れ様でした」は、悲しさより、書き切った人への言い方なのかもしれません。でも本人は「書き尽くしてもいない」と言っていた。そこが少しだけ引っかかります。

みなさんが覚えている「北の国から」の場面は、どこですか?まだ見たことない人は、どこから見るのがいいと思います?

参考にしたところ


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