道頓堀グリコサイン7代目へ、6代目は11月30日まで

道頓堀グリコサイン7代目へ、6代目は11月30日まで

道頓堀のグリコサインが、7代目になるそうです。14日、江崎グリコが発表したと報じられました。今の6代目は11月30日で見納めになります。

大阪に行ったとき、あの看板の前で写真を撮った人は多いはずです。私も橋の上で、人ごみに押されながらシャッターを切った記憶があります。そこで、報道と公式の発表資料を読んで、まとめてみました。

まず事実確認

毎日新聞によると、江崎グリコは14日、道頓堀の看板「グリコサイン」をリニューアルすると発表しました。今の看板は2014年10月に設置した6代目です。掛け替え工事のため、11月30日で見納めになるとのことです。

新しい7代目は、2027年春に点灯する予定だそうです。朝日新聞は、1935年に初代を設置して以来、これで7代目になると伝えています。見出しには「ポーズ変わらず」とあって、あのランナーの姿は引き継がれるようです。新しいデザインの細かい点は、私が確認できた範囲ではまだ分かりませんでした。

戎橋から見た夜の道頓堀(資料写真、写真: そらみみ / CC BY-SA 4.0(ウィキメディア・コモンズ))
戎橋から見た夜の道頓堀(資料写真、写真: そらみみ / CC BY-SA 4.0(ウィキメディア・コモンズ))

今日が10月14日なので、11月30日まではあと47日です。これは私が数えた日数です。6代目は2014年10月から約12年間、街を照らしてきたことになります。

ミナミに行く予定がある人は、年内に見ておくのがよさそうです。でも、工事の日程は変わることもあります。行く前に、江崎グリコの発表を確認してください。

6代目はどんな看板なのか

2014年10月23日の江崎グリコの発表資料を読んでみました。6代目は、2014年8月から大がかりな改修工事をして完成したものです。前の5代目は1998年7月から16年たち、老朽化が進んでいたそうです。

大きさは、高さ20.00m、横幅10.38mです。5代目は高さが同じ20.00mで、横幅は10.85mでした。光り方は大きく変わりました。5代目のネオン管は総数で約4,460本でしたが、6代目はLEDチップ約14万個(143,976個)です。

2014年の発表資料から、私が表にまとめた5代目と6代目の比較
2014年の発表資料から、私が表にまとめた5代目と6代目の比較
江崎グリコの2014年発表資料 ① 1935年に大型看板を建造 ② 6代目は高さ20.00m×横幅10.38m
江崎グリコの2014年発表資料 ① 1935年に大型看板を建造 ② 6代目は高さ20.00m×横幅10.38m

LEDになったので、映像のような演出もできるようになったと書いてあります。点灯時間は、当時の資料では18時に点灯して24時に消灯でした。2022年の資料では、日没後30分から午後9時となっています。時期によって違うので、細かい時間は現地でも確かめたほうがよさそうです。

道頓堀川の観光船(資料写真、写真: そらみみ / CC BY-SA 4.0(ウィキメディア・コモンズ))
道頓堀川の観光船(資料写真、写真: そらみみ / CC BY-SA 4.0(ウィキメディア・コモンズ))

2022年6月24日には、ゴールインマークの上のロゴが変わりました。企業理念「おいしさと健康」の表示が、存在意義の「すこやかな毎日、ゆたかな人生」になったそうです。2週間あまりの改修工事で行ったと資料にあります。

歴代の看板をふり返る

発表資料には、これまでの看板の歴史も載っていました。初代は1935年、昭和10年です。戎橋のそばに立った高さ33mのネオン塔で、ランナーとグリコの文字を6色に変えながら光らせたと書いてあります。当時は型破りのネオンで、ミナミの名物になったそうです。

同じ資料の歴代看板の表 ① 初代は昭和10年から ② 4代目は昭和47年から
同じ資料の歴代看板の表 ① 初代は昭和10年から ② 4代目は昭和47年から

でも、1943年には戦争で鉄材を出すことになり、撤去されました。2代目は戦後の1955年に再建されています。高さ21.75mで、下に特設ステージがありました。大きなワニ君の人形がピアノをひいたり、人形劇をしたりしたとあります。

3代目は1963年です。噴水ネオン塔で、12トンの水を150本のノズルから噴き出しました。12色のランプ400個が水を照らして、虹のように見えたそうです。落ちた水はポンプで上のタンクに戻す仕掛けでした。

4代目は1972年に建てられました。高さ17m、横10.85mです。背景の競技場のトラックが点滅して、ランナーに躍動感を持たせたと説明されています。隣のビルの改装で、1996年1月21日に消灯しました。

歴代の看板を、公式資料から私が一覧にした表
歴代の看板を、公式資料から私が一覧にした表

5代目は1998年7月6日に再点灯しています。4代目の撤去から約2年半ぶりでした。背景には大阪城、海遊館、大阪ドーム、通天閣が描かれ、朝から夜まで色が変わりました。2003年4月には、大阪市指定景観形成物にも選ばれています。

昼の道頓堀川沿い(資料写真、写真: inunami / CC BY 2.0(ウィキメディア・コモンズ))
昼の道頓堀川沿い(資料写真、写真: inunami / CC BY 2.0(ウィキメディア・コモンズ))

あのランナーはいつから

ランナーの正式な名前は「ゴールインマーク」です。江崎グリコが創業した1922年に、栄養菓子「グリコ」とともに生まれたと資料にあります。陸上選手がゴールする瞬間をモチーフにしていて、90年以上親しまれてきたそうです。

2022年の資料には、このマークが創業の精神「食品による国民の体位向上」を表すとも書かれていました。看板は観光名所でありながら、会社の考えを伝える場所でもあるということです。

こうして見ると、道頓堀の看板は、ほぼ10年から20年ごとに作り替えられてきました。ネオンから噴水、LEDへと、時代ごとに姿を変えながら、ランナーだけは続いています。7代目もきっとそうなるのでしょう。

見納めの前に

6代目の見納めまで、日にちはあまり残っていません。夜の道頓堀川沿いは混みやすいので、橋の上では人の流れを止めない撮り方がよさそうです。これは私の意見です。

昔のグリコの看板で、いちばん思い出に残っているのはどの代ですか?ネオンのころのランナーが好きだった、という人もいるかもしれません。よければ教えてください。

参考にしたところ


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